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母と娘

帰ってきました、母。

どしゃ降りの中3時半ころ。

まずまずの顔つき。


ところが、機嫌が悪い。「疲れた?」とか「すこし休む?」とか話しかけても無視。無言。

なんだあ〜あ〜〜〜〜〜。


そうゆう時はなにを言ってもダメなのでほっておく。

すると玄関まで行って靴はいている。玄関は鍵(は震災で壊れたのでつっかえ棒)がしてあるので開かない。ダメだとわかると違う場所からでようとしたがやっぱり開かないのであきらめて部屋に戻ってきた。

ショートからの洋服などを出してたたんでいた。


6時過ぎたのでご飯を食べるかきいたら食べるというので、こたつのところに移動していた母のところに持っていった。

鍋にしたのでそっちのおかずしか食べず、喉に少し詰まったらしく、うぐうぐしていた。だいたい大丈夫なので(言うままでの経験からなにかやってあげようとしても嫌がられるから)ほっておく。



その後、時々様子を見に行く。

私は台所で、一杯やりながら(だって鍋だし、たこやきも買ってきたし・・・ね)テレビ見たりしてる。

今日のお酒はこれ。って、いつも飲んでいるのではありませんよ。今日は珍しいにごり酒があってもので。体の調子も良いし・・・。ね。
2011120319130000.jpg




で、何回か見に行っているうちに・・・なにがきっかけか忘れたけど・・・きっと今がタイミングでやってきたんだと思うけど。

母がぐだぐだしてわがままでやりたいほうだいで人に感謝もせず、バーキンソン病であるのを誰かのせいにしてあたっているということを言ってやった。


母は23年前にパーキンソン病になった。少しずつ歩けなくなって手もあまり細かい作業ができなくなって頭もテレビを見てもわからないし、人と話すこと(会話のキャッチボールができない)もできなくなった。

その間ずっと病気を恨んで自分がこんななってしまったのを誰かのせい周りのせいにし続けている。以前、東京まで親戚の結婚式に行ったとき、食事会で親戚のおばさんが母におかずをとってあげようと声をかけたが無視した。フリーズしていた。わざと。後で聞いたら「元気でくやしかった」だって。

その時東京までふつ〜に行けて歩けて食べれて、知らない人は病気だとはわからないくらいなのに。


元気な人をうらみ周りを恨み、自分はこんななんだからわがままいってもいい。自分のためにやってくれるのは当たり前だ・・・くらいのひねくれた気持ちで生きてきている。友達もいなくて訪ねてくる人もいない。

ヘルパーさんにもショートのスタッフにもケアマネさんにもありがとうということはまずない。

感謝の気持ちはまったくない。


ただ、自分がつらくて苦しくて楽しくない毎日を生きている。誰かが楽しくしてくれる、楽にしてくれる、と思っている。


だから楽しいわけがない。

心がひん曲がっている。




母は内臓は丈夫だし入れ歯もあっているし何でも自分で食べられる。家で好き勝手に生きているし我慢することはほとんどない。


でも、「楽しくない」と言ってる。


そうだろう。誰かに楽しくしてもらっても、心にそれを受け止める気持ちがなければ何をやってもらっても何を買ってもらっても嬉しくも楽しくもないだろう。



「誰が悪いんだ!」母は言う。

誰も悪くないさ。ただ病気になってしまったんだから仕方ないだろう。でも23年の間、はじめはまだ歩けたし日本中旅行にも行けたし、父が亡くなって私が家に戻ってきてからもまだご飯の支度ができたこともあったんだ。


いつからそんなひねくればばあになったんだ?!

83年生きてきて、最後がこれかよ。

なにを生きてきたんだよ。わかんないのか。それでよければそれで最後まで行けばいいんだ。

「すぐあの世にいくから」

じゃあ、いけばいいんだ。ひねくれた心に付きあってる時間がもったいない。私は他の人になにかできるような生き方をしたいからこんなことしてるのがもったいないよ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


まだ母はずっと目に涙をためてました。

だから・・・ずぼしなんです。


自分でもどうしていいかわからないんだろうけど・・。でも、言うことは言います。親子ですからね。甘えられるのも文句言えるのも親子ですから。


母にもっと一生懸命生きて欲しい。病気に負けないでいて欲しい。まだまだ楽しめることはたくさんある。車いすだって行こうと思えば行ける。

ただ、母の心ががんじがらめになっているだけ。それは自分で変えるしかない。私は代わってあげられないし病気を取り除くこともできない。


母の心にうったえることくらいしかできないから。

病気でも生きている。

震災と津波と火事で1万人5千人以上の人が亡くなった。まだまだ生きると生きれると生きたいと思っていたたくさんの人たちが一瞬のうちに命を絶たれてしまった。


母がぐだぐだしているのを見ているともったいない。命がもったいない。

それもひとつの母の学びなのだと思うけど。命をもっと喜ばせて一生懸命生きて欲しい。




ときど〜き、こうゆうバトル(というか娘の一方的な応酬)があります。去年も12月にあった。やはり、1年の締めくくりとしてこういうことが巡ってくることになっているのか・・・。


母を起こしたら、自分で這っていき・・今はまた洋服をあっちこっち広げてたたんだりしています。


今日の親子バトルはこれで終了です。


最後まで読んでくださってありがとうございます。

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