スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

3月12日の日記

3月12日の日記は実際に書いたものを抜粋しました。


ここから↓



春のように暖かい日。震災がなければ楽しくウキウキだったろう。


午前中は近所の人と道路のゴミ拾い。

その途中で、壊れたスーパーに物資拾い。近所の人がポリ袋を持ってみんな拾いに行く。


お昼過ぎまでみんなで拾ってわけた。

欲しかったティッシュやお菓子、缶コーヒーゴミ袋など・・・。

あと必要なのはねこ缶とカリカリかな・・・。


午後は水くみ、近所の人に水はどうしているか聞いたら線路を越えたところにわき水があっていつでもでっぱなしだからもらっていいんだよと教えてもらう。

歩いてすぐのところにわき水!!なんてラッキー!!ありがたいありがたい。

みんな取りに来ていた。

遠くからポリタンクを担いできてるおばさんもいた。

私は近くで本当にありがたい。ありがとうありがとう!

水が確保できたのでひと安心。


母は、家でひとりでおとなしく待っている。

前より整理できなくなってきた。食べ物を噛むことも時々わからない。というか・・忘れる?

リンゴなどしゃきしゃきするので噛むことを思い出すみたい。

惚けが進んだ・・。

夕飯を食べているとき「あなたはどこの出身?」と聞く。がっくり・・・。

「○○のちずこさん?」というので、ここは山田だと教えるとボーーーーーーっとして「頭がおかしい」と言う。

その後、黙っちゃった。


午後9時前に居眠りし始めたので今日はベッドに寝かせた。


二日間、ふたりで茶の間に寝て安心だったが布団の片付けが手間なので母だけはベッドに寝かせる。私はそのまま隣の茶の間で。


もうすぐ「冬のサクラ」の最終回が始まる。一週間前は今日こんなになるなんて予想だにしてない。いつか、再放送でみれる日が来るだろう。その時、また思い出すのかな・・・今日のこと。


いいことがあった!!

無いと思っていた灯油が1缶あった!!勘違いしたたのか?神様がくれたのか?感謝!ありがたい!

母と楽しく暮らそうと思ってたのに、ごはんもろくなおかずもない。母にはできるだけおいしく食べてもらえるようがんばろう。

明日も母と猫たちと元気でいよう。





解説・・


この日は町が壊れたことに触れてませんね・・。

どうやって生きていくかばっかり考えていたように思います。というか・・・なぜかハイテンションでした。

非日常にテンション上がったのか・・・非日常すぎるから壊れちゃったのか・・。


電気、水、電話が止まりましたが、ガスは大丈夫だったのが本当に助かりました。ご飯はできる・・。米はある。

ろうそくもすくなくて、何より寒かったのに灯油が半分しかない・・と思っていました。

よくみたら、小屋に1缶まるまるあったのです。なんと・・・なんと・・・・(感涙)


スーパーの中は壁際の方はガレキでいっぱいで真ん中は何にもなかった。商品が投げ出されたり押しつぶされたり泥まみれでした。

あまりにもすごいことでなんだかわからず、でも欲からかみんなが探して拾っていると自分も探さなくちゃと思うんです。で、きれいな食べれそうなものが見つかると嬉しい・・。

その内スーパーの専務さんがきて自ら高くて登れないようなところからあまり汚れてない食品を出してくれてみんなで並んで運び出したのをわけたりしました。専務さんにも感謝です。

ペットボトルとかお菓子とか・・・マスクとか・・ゴミ袋とか・・ティッシュとか・・とにかくたくさん出してくれました。

お菓子などは結構拾ってきて2週間くらい食べてました。レトルト食品なども外袋は泥で汚れていても中が汚れてなければ食べました。

瓶詰め、缶詰ももちろん大丈夫・・・と普段食べないサバのみそ煮とかサンマの水煮とか・・・。選んでられません。


ほとんど宝探し状態で壊れた什器や柱の横とか奥とかガレキの中を、何か食べれる者はないか・・みんな無言で探し回りました。泥で汚れた商品を踏んで高いところに詰まっている食べ物を取りに行く時、食品などを踏みつけるのは忍びなかったけど・・そんなこと言ってられませんでした。


家族が多い人は大きなかごに入れて持って帰り何度も拾いに来ました。


スーパーや薬○堂など商品が残っているところはみな地域の人にわけたようです。ありがたいです。





携帯写真。


10時頃かな・・・また役場に行ったら、火はほとんど消えて煙でくすぶっていました。

私が見た教会のとこよりももっと先まで燃えていました。もう少し燃えてたらこっちまできた・・・・。


屋根や壁やいろんなものが散乱して道路をふさいでいました。家が密集していた場所は1日で焼け野原でガレキの街になってしまいました。

この写真を撮った後、携帯の充電切れ

本庁舎前
3月12日
3月12日
3月12日
3月12日

3月12日
3月12日

3月12日
3月12日


なんか・・すごいこと、尋常じゃないこと・・・なんだか・・よくわかりませんでした。

自分は何をしたらいいのか・・。これからどうなるのか・・。


 地域生活(街) 東北ブログ 岩手 その他の街情報へ

にほんブログ村 その他生活ブログ 東日本大震災・震災復興へ

 写真ブログへ



でも、どんどん助けの手がきてくれるんです。本当にありがたいです。私たちだけではどうにもならなかったから。



コメント

必至感がひしひしと

震災時から病気のお母さんを抱えて大変でしたね。
そして地震と津波の後に 迫りくる火事で怖かったと思います。
食料と暖房があったのはラッキーでした。
私は11日の晩は避難所の山田高校で一睡もできず震えてましたし
食事はとれないと覚悟してましたが 掌に収まる小さなおにぎりが1つ
貰えてうれしかったですが 家族バラバラで被災したので連絡も取れず
本当に不安だったのを思い出します。。そうそう1晩中 下が燃えていましたしプロパンの爆発音とかが 悲しく響いていたのを思い出します。。。。

Re: 必至感がひしひしと

三ちゃんさん、ありがとうございます。
食料と暖房、あの時は本当に必死でした。何より家が残ったことですね。ありがたいです。

ご家族と連絡が取れない不安はいかばかりでしょう。みなさんご無事で本当によかったですね。
今は場所は違えど整体院を再開させて・・いろんなことを乗り越えて本当に大変だったと思います。
行動力すばらしいです。
Secret

プロフィール

サクラ

Author:サクラ
日々を丁寧に好きなことを大切にして生きていきたいです。

*母*
ママプロフィール
*ふう太郎*
PB146521.jpg
*さくら*
PB096415.jpg
*ままりん*
*くま太郎*
20160605_2
*ちゃ太郎*
20160605_1
最新記事
最新コメント
はっくん

カテゴリ
*かわいいこたちのブログ*
*介護ブログ*
*過去ブログ*
  • 母との日々
  • さくらとふう太郎
  • 母とさくらとふう太郎との日々
    • ★東日本大震災の記録★
      月別(表示数指定)
      フリーエリア
      カウンター
      上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。