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3月11日の火事

3月11日の地震、津波・・そして火事が起きました。


写真は、夜9時過ぎに家のベランダから撮ったものです。遠いのに近くの家越しに炎が大きく見えました。

3月12日
3月12日


夕方くらいからだと思いますが、避難所にいるとバーン、バーンと何かが爆発する音がずーーーーっと続いていました。
窓ガラスがビリビリして建物全体が揺らぐような大きな音でした。怖かった・・。

よく覚えていませんが、夜、避難所から家に帰ってから役場に見に行きました。10時頃か・・・もっと後か・・・八幡町のあたりに火が来ていてそっちのほうはずーーーーーーっとオレンジの炎でした。町が焼けていく。無くなっていくと思いました。

消防の人たちが公民館の裏のタンクから水を引いてきて近くにかけていたようだったけど、「水が終わりだぁーーーーーーーーーーー」という声が聞こえもうなにもできませんでした。

ガレキで消防車が入れないのだから・・見てるしかなかった・・。

ただ、たくさんの家が燃えて落ちていくのを見ているしかなかった・・・・。

私が小さい頃育った地区も焼けていくのを見ていくしかなかった・・・。

炎を見ながらあそこの知り合いは大丈夫か・・・あそこにはあの人がいた・・・家を知っている人たちの顔を浮かべていました。



一度家に帰り寝付かれないので4時頃起きて役場まで見に行きました。まだ暗かった。

フードのついたダウンを着てマスクをして長靴を履いて懐中電灯を持って行きました。

公民館の裏から保健センターに出ると炎が見えました。役場の前の通りまできていました。

その時は呆然と見ているしかなかった。というよりなんだかわからなかった。ここではないどこかの町の映画が実物大で映されているような・・・。

でも、それは自分のよく知っている場所で育った町で・・・見てるしかないの・・・・?ずーーーーっと見てるしかないの?風向き変わらなかったら全部燃えちゃうの?


炎の熱さは保健センターの辺りでも感じられて、バリバリバリ、パチパチという音も聞こえてゴーゴーと炎が踊っていました。

本庁舎前にきて・・・炎のすごさに圧倒されました。自分が立っている場所と燃えている場所、十数メートルしか離れてないのに別世界でした。見えないバリアがあってこっちは大丈夫で、家を襲っているオレンジの炎は右から左にどんどん燃えながら移動していく。


炎はちょうど本庁舎前の家に入ったところでした。

まあるい生きもののようなたくさんの炎は家の窓ガラスを落とし、家の中でくるくる回って内側から家を焼き尽くしていきました。そして外を包んでいた大きな炎が最後に家全体をスローモーションのようにゆっくり崩していきました。


役場の前の教会にも火が移ったところでした・・・。どんどん燃えてあっという間に屋根にも火がついて燃えて個性的な屋根が落ちました・・・。


町を焼きつくそうとしている炎は暖かかった。ずっとずっと寒かったからとても暖かかった。



母が起きるまで少し寝ようと、5時半頃家に帰りました。頭の中はなんだかよくわかりませんでした。







岩手日報が出している『平成の三陸大津波』という冊子の山田の火事の写真がありますが、まさにその時にいました。

自分の町が焼けていくのに何もできない見てるだけ・・というのがくやしかったです。



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