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3月11日のこと(2)

今日は震災当日の津波が来た後を書きます。


しばらく、津波が引いた大きな道路で近所のみなさんとボーッとしたり、うろうろしたりしてました。

庭にいる母を見に行ってこれからどうするかわからないからそのまま庭で待っててと言ってから、携帯を取りに行き浸水した道路や流れてきた道路をとっておこうと思いました。



津波の後2

ワゴン車とトラックみたいな車が流れてきていました。




NEC_0641.jpg

誰かが車を右の方によけた後です。




津波の後3

まだ膝くらいまで水がありました。左側の家は1mくらい高く土をもっていても1階が浸水したので2mくらいの高さの津波が来たのかなと思います。




NEC_0629.jpg

別の道路から。




これからどうすればいいか・・・津波はまた来るのか・・・全然何にも考えられなかったです。

なにせ経験したことも聞いたこともなかったことが起こったから。

停電で放送もないのでさっぱりわからない。

なので近所の仲のいいおばさんのところに行ってみました・・そこは高いところにあるので全然大丈夫・・・。

おばさんちは避難はしないけど、うちは一応避難してた方がいいかも・・ということになり、車いすを押して公民館の裏の駐車場に行きました。

携帯以外何にももたずに・・。


駐車場には人がだんだん集まってきて、顔見知った人たちもいて目で挨拶するくらいで無事でよかったですね・・と声をかける余裕もないんです。そんな時。


みんな呆然としてるんです。


ほんとに無事なのかわからないし・・大丈夫なのかもわからないし・・これからどうなるのかもわからないし・・・。


社会福士協議会の人たちがきてくれて、駐車場より線路の上のところまで行きましょうということになった。


車いすの人はふたりがかりで運んでくれた。本当に助かった。

少し落ち着いたので、家に母の毛布や手袋を取りに行ってきた。


どのくらい待ったかわからないけど、だんだん薄暗くなって寒くなって来てやっとコミュニティセンターに入れることになった。


私は車いすで行ってどうだろうかと思った。

近所の人は家にいたと思う。

私も帰ってもいいかなと思ったけど、いざまた津波が・・・というときに、車いすの母を連れて逃げるのは時間がかかるし不安だったのでいることにした。


でも、それが大変だった。

和室にいたんだけど、どんどん人は増えてくるし、電気はないのでろうそくだし・・・。


車いすだと肩身が狭いし。和室から廊下に行くとき段差が15㎝くらいあるので誰かに助けてもらわなければならないし・・・混乱しているときにお願いするのはとても気が引けた。


周りも車いすだからと気を使ってくれる状況ではないし。


人がぎゅうぎゅうになってくると人が通るために開けているところにもどんどん人が入ってきて身動きができなくなった。

テーブルを動かして人の通るところを開けるように大声を出してお願いして移動してもらって通るところは確保した。


役場の人も来て名簿を作るのにひとりひとりに住所と名前と年齢を聞いてまわっていた。それのおかげで、ネットで遠くの友達たちは探してくれて避難所にいて生きていることを確認してくれたのですごく助かった。


その間母は・・固まっていた。いつもと違う環境の中で不安で緊張してたのだと思う。


パニックになった。


パーキンソン病は薬が切れると動けなくなり硬直状態になるが、あごが上がって硬直したままふるえだした。

これはまずかった。

「帰る・・・・帰る・・・・・」という。


私はもう帰るしかないと思って、すぐに周りの人によけてもらって廊下におろすのも手伝ってもらって外に出た。


外は真っ暗で8時くらいだったと思う。


そしたら・・・役場の保健師さんに見つかった・・・。


パニックを起こしたので家が近くなので帰ります・・というと、「今日はまだ危ないからここにいた方がいいですよ。寝たきりの人がいる静かな部屋がありますからそこだったら大丈夫ですよ」といわれ、そこにまた行くことになった。


確かに3人くらいが寝ているだけなので床に毛布を引いてくれて母はゆっくりできたが・・・もう、とにかくだめだった。


寝かしても起きあがって「帰る」コールだったので、30分くらいいて看護師さんに見つからないように・・・帰ってきた。



あ〜疲れた。


思い出すだけで疲れました。


あの時の混乱。


家に帰ると何事もなかったようだものね。この地域は。


母は1時間くらいしたらよくなった。よかった。母には津波も地震も何もよくわかってないんだよねえ。



そうそう、家に帰っても停電なので真っ暗。

どうしたんだっけなあ・・・。


懐中電灯は持ってたので、それで仏壇からろうそくを出して火を付けたのかな・・。

とにかくご飯を食べなくちゃと何か作って母とたべたと思う。


寝るのは、怖かったから母とふたりで茶の間に布団を引いて服を着たまま寝た。

母はすぐねたみたいだけと、私は眠れなかったなあ。何度も目が覚めて。。



バーン!バーン!とガスが爆発したりガソリンが爆発する音が続いていたし・・・。

火事が起きていたんだよね・・。







ということで、今日はここまでにします。


今日も最後まで読んでいただいてありがとうございます

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今日も無事に終わりありがたい。

ありがとう、ありがとう。



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