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3月11日のこと(1)

4ヶ月過ぎたので振り返ろうかな〜なんて思っています。


毎日、母の様子などを日記につけているので震災があってからも付けていました。

大混乱の3月11日はつけてませんが、12日からは付けているのでそれを載せていこうかと思います。

自分でも振り返ってみるといろんな思いがでてきたり、気持ちの整理ができるかもしれないのでいいかなと思っています。





では、まず震災当日の3月11日ですが・・・・・・。


2時46分、地震が来た時は母とふたりで茶の間にいました。

揺れが大きく長いので、座布団を頭に乗せて様子を見ていました。
尋常ではない・・・なにか違うと思っていました。

揺れが止まってから、近所の様子を見に行きました。別に誰もどこも騒いでなくて・・・。

そのうち放送があって、津波が来るかもとわかると・・・でも、まず何をどうしたらいいかわからず、とにかく車いすと母を庭に出しました。

母は・・・のんきにしていました。認知症もあるので大変さがよくわかっていないみたい。

庭で待つように言って、公民館の方を見に行ったり、高い道路に避難した方がいいか見に行った。
高い道路はすぐそばだが、階段があるので母をおんぶしなければならないので・・・できるか・・と不安だった。
公民館が避難所とはいっても少しでも高いところがいいだろうと思っていたから。

そんなことしてる間に、来てしまった・・・・津波。

正確には、来てしまったらしい・・・。


家の庭に続く路地にはゴミや雑誌があった・・。

始めは、何だろう、何でゴミがあるんだろう・・・とわからなかった。(えーーーーわからなかったの〜と後から自分でつっこみたくなった

で、あーーーーーーーーーーー津波だぁ・・・・キターーーーーーーーーーーー!!


という感じ。


大きな通りに出ると、近所の人とかがわらわらと出ていた。

公民館の駐車場の入り口付近まで波は来た。


反対側にはワゴン車が2台流されてきてたし、スーパーの大きな冷凍庫が路地の横に流れ着いていた。

ゴミやいろんなものも流れてきていた。


大きな通り沿いの家は浸水して、車も波で浮かされてそのまま壁にひっかかって斜めになっていた。

植木などには細かいゴミがたくさん花が咲いたようについていた。

6軒先の通りを挟んだ家では高齢のご夫婦が亡くなった。公民館の階段で一緒に見つかったらしい。

その区画で5人亡くなった。

同級生は1階の天井まで水が来てもう息ができない・・・と思ったときに水が引いたので必死で泳いだと言っていた。でも、一緒にいたお母さんは亡くなった。


そう・・・近くでそんなことになっていた。


うちの前のおばあちゃんは、私が声をかけてからのんびり出てきた。
「津波がきたんだよ!!!」と言ったら、「な〜にここは大丈夫だぁ」と言った。

その隣の奥さんもずっと後から出てきた。



そう、この辺りまでは津波が来ないとずーーーーーっと言われ続けていた。

私もそうなのかな・・・ぐらいに思っていたので、いざ、逃げると言う時に何をどうしていいかわからなかった。

甘い・・・認識が甘いのです。


そんな人が多かったと思う。避難所までやられてしまったし、ここは避難所の指定区域だからと逃げないで家にいた人もずいぶん亡くなった。



もう、意識を変えなくてはならないと思った。

とにかく、逃げるのです。逃げるしかない。高いところに。とにかく高いところに。それしかないです。津波には。

あと、やはり何を持って逃げるかを決めておかなくちゃと思いました。

地震から30分くらいあったら逃げるだけなら逃げれる時間だとは思います。すぐ行動すれば。

でも、やっぱり時間があるから少し何かを持っていこうと思うんです。

その時、迷う。

決めておかなければ迷うんです、当たり前だけど。


だから、とにかく何が必要かをよく考えて決めておいて、他に執着しないことだなと思いました。

普段からイメージしておかないといざという時は動けないかもしれません。

焦るんです。


だから、避難訓練ってだいじなんだなと改めて思いました。

自分がその時にどういう風に行動するかを自分で意識しながらやらないとだめだと思いました。

やらなくちゃならないから、やらされてる気持ちでは何にもなりません。

イメージを行動できるチャンスなので、真剣に自分の意志でやるのが大切なのではないかなと思います。

私も、職場でしかやったことなかったけどテキトーでした。反省。



つい、熱がはいってしまいました。


津波がキタといっても、この辺りはそんな感じで結構のんきでした。大変なみなさんにはほんとに申し訳ないくらい。

でも、ここまでキタということが大変だったわけで、境目だったわけですから。あぶなかったのにのんき。

何が危ないかって”のんきな気持ち”が一番危ないというわけです。


思わず、力が入ってしまい長くなったので、津波がキターーーーーというところで、続きは次回にします。


最後まで読んでいただいてありがとうございました。



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今日も無事終わり、ありがたいです。

ありがとう、ありがとう。



コメント

津波のおそろしさ

思わず うん うん とうなずきながら読みました。
特に後楽町のあたりに 昔住んでいただけに(27年位前かな古ーい)
よくわかります。私は高校に行く 途中の新しい道路の坂の中腹にいて
津波が堤防をはるかに超えて坂を駆け上ってきたので恐ろしくて
夢中で
逃げました。。。                                 
→6軒先の通りを挟んだ家では高齢のご夫婦が亡くなった
 もしかしてW夫妻でしょうか?昔私たちがいた 角の小さなおうちの・・・・・

Re: 津波のおそろしさ



三ちゃんさんコメントありがとうございます。
後楽町に住んでいらしたなんて・・ばれるはずですv-14
亡くなった方、W夫妻です。どうゆう状況だったかはわかりませんが・・。
津波を見てないので想像もつきません。
三ちゃんさんは恐ろしさを体験されたのですね。
夢中で逃げて助かって本当によかったです。







> 思わず うん うん とうなずきながら読みました。
> 特に後楽町のあたりに 昔住んでいただけに(27年位前かな古ーい)
> よくわかります。私は高校に行く 途中の新しい道路の坂の中腹にいて
> 津波が堤防をはるかに超えて坂を駆け上ってきたので恐ろしくて
> 夢中で
> 逃げました。。。                                 
> →6軒先の通りを挟んだ家では高齢のご夫婦が亡くなった
>  もしかしてW夫妻でしょうか?昔私たちがいた 角の小さなおうちの・・・・・
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